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鑑定人風の呼び込みと猫のガードマン

  • 2024年06月27日(木) 12時00分
 北海道での取材と両親の墓参りを終え、新千歳空港の「北海道ラーメン道場」という、複数のラーメン店が横町風に集まっているエリアに行ったときのことだった。

 入口に行列ができていた。並ぶことが苦手なのでやめようかと思ったら、それはエビ味のラーメンを出す店に並ぶ列だった。

 そこではない別の店でエビ味のラーメンを食べて気持ち悪い思いをした私は、息を止めてラーメン道場の奥へと進んだ。ほかの店もまあ混んではいるが、並ばずに入ることができそうだ。どこにしようかと迷いながら突き当たりまで行き、いろいろな店のメニューを見ながら戻ってきた、そのときだった。

「お悩みでしたらいかがでしょう」

 旭川ラーメンの店の呼び込みをする、若い女性の声がした。

 別に私に対して呼びかけたわけではなかったのだが、彼女の言葉のリズムが、「お悩みですか」「いかがですか」という競走馬のセリの鑑定人のようだったので、思わず足が止まった。「北海道三大ラーメン」がどうとか、ほかのことも言っていたが、それは耳に入ってこなかった。もう一度「お悩みでしたらいかがでしょう」という声を聞いてから、その店に入った。

 私が食べている間も、彼女は「おひとり様も、おふたり様も」などと声をかけながら、退店する客がいたらその人数を言って何人がすぐ座れるか伝えるといった交通整理をよどみなくこなしていた。

 今、JRAだけでも7人の女性騎手がいて、前川恭子さんがJRA初の調教師になり、ラジオNIKKEIの藤原菜々花アナが女性としてJRA初の場内実況をするなど、女性の進出が目覚ましいというか、活躍するのが当たり前になりつつある。セレクトセールのように、世界中に情報が発信されるセリの鑑定人をする女性が出てくる日も近いのかもしれない。

 なかなか美味い「空港店限定 W豚チャーシュー麺(味噌味)」をすすりながら、店先で呼び込みをつづける彼女の声を聞き、そんなことを考えた。

 今回は、競馬月刊誌の取材で社台スタリオンステーション(以下SS)に行ってきた。何度も書いているように、特に取材経費を出してもらった場合は、取材で得た情報はその媒体が初出になるようにしなければならないという不文律がある。

 だから、スマホで撮った種牡馬たちの写真などを当欄で紹介できるのは来月以降になる。それも、版元にとっては、雑誌発売の告知にもなる形が望ましいだろう。

 とはいえ、取材で得た情報であっても、競馬雑誌の取材なので、馬ではなく猫のことならいいだろう。

 社台SSの徳武英介場長に最後に案内してもらった厩舎に、鼻の周りと胸前と足先が白い茶トラの猫がいた。ニャーニャー鳴きながら尻尾を立て、徳武さんの足に体をすりつける甘えん坊なのだが、アライグマと戦って生還した唯一の猫なのだという。アライグマは見かけによらず凶暴で、猫を襲って、場合によっては食べてしまうこともあるようだ。普通、アライグマと戦った猫は負けてしまい、助からないという。

 アライグマやキタキツネなどの小動物がサラブレッドの施設にはどうしても入り込んでくるので、社台SSでは、牧柵にネットをつけたり、馬房の入口の形状を工夫したりしている。それに加えて、この猫がガードマンとして仕事をしているのだ。馬房の並びの事務室に、ちゃんと専用のトイレなどもある。

 名前も性別も徳武さんに聞かなかったが、見た目からしてオスだろう。名前がなければないで、『吾輩は猫である』風に、彼に種牡馬を紹介してもらってもいいし、もしあの風貌と武勇伝の持ち主でメスだったら、それはそれで面白いと思う。

 今週で上半期の競馬が終わる。夏競馬と、セリのシーズン到来、である。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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